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タケノコ診療所ブログ

こちらはインドネシアにある、日系医療クリニックタケノコ診療所のブログです。
タケノコ診療所 とうとう年中無休に!
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     悲願であった 年中無休の診療所として この2月から再スタートする
    ことになった。

     とてもうれしい。診療所を開いたときから 年中無休が夢であった。
    スタッフの不足 医師の不足その他の不足で 遅くなったが やっと年中無休が実現する。

     平日夜10時まで

     土日祝日 夕方5時まで。

     日本語対応もできる診療所として頑張りたい。

     ひとつの医療機関すら開いていない時間に病気になった場合 とても
    不安だと思う。その不安を なんとか すこしでも緩和したい。

     どんなすぐれた医療をしてくれるのか?ではなく ごく普通の医療対応を
    いつでもできるという基礎的なことである。

     その簡単なことがなかなかできなかったが 可能になったこと・・・これは医療人として 素朴にうれしい。とてもうれしい。

     新年早々 とてもおめでたいと考えている。
    | - | 18:33 | comments(1) | - | - | ログピに投稿する |
    入院サービス開始。
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       ははは・・・というか とうとう病院と提携して入院サービスができる
      ことになった。

       診療所から 夜間診療 その続きが入院サービスである。
      ご存知の方も多いと思うが 入院が必要なのになかなか部屋がみつからなかったり 主治医とのコミュニケーションが悪いために 入院したらますます
      困ったり 不安が高まった・・・ということがあるのである。

       医療が文化でもあり インドネシアで当たり前のことが 日本人にとって
      当たり前でないということが大きい。システムの違いも大きい。

       システム的に日本とインドネシアが大きく違うのは 日本では医師は
      病院の常勤であり それゆえ医師は患者と病院の両方に責任を負っている。
      一方 インドネシアの専門医の多くは 病院と契約関係を結んでいるだけの
      パートタイムであることがほとんどである。

       患者は医師と診療契約を結ぶことになり 問題があっても病院に文句を
      言ってもあまり相手にしてもらえない。

       ここが入院サービスの難しさの原因でもある。入院してからも 医師と
      患者の間の関係がスムーズに進むようにしないといけないわけである。
      これは 言葉の問題だけでなく 看護にも関わることである。

       患者にかかわるすべてのスタッフが情報を共有して対応するということで
      入院させれば あとは知らない式ではいけないということだ。

       わがスタッフは 入院したあとも病院スタッフとの連絡を密にして
      患者に必要なケアをし続けるということが大事なのだ。

       これができなかった。外国人の医者が 入院患者を訪ねて あれはどうなっている これはこうすべきだ・・・と言ったところで 暖簾に腕押し・・・どうにもならないシステムと文化の壁に阻まれて 困ったことが
      何度あっただろう。

       しかし タケノコ式入院サービスも とうとう実現しつつある。

       無論完全ではない。しかし 病院スタッフにも 日本式の看護を示唆できることは大きな進歩だと思っている。CTも MRIを始めとする検査もすぐに
      できる。

       必要な場合 ご利用いただきたい。
      | - | 22:05 | comments(1) | - | - | ログピに投稿する |
      タケノコ夜間救急室開設。
      0
         夜の11時までの夜間救急室を6月21日から開くことになった。

         24時間ではないので 中途半端だが すこしでも医療不安を少なく
        するには必要なことだと考えている。

         夜間の下痢 発熱 呼吸困難等々・・・寝られないで悶々として朝まで
        我慢したという経験のある邦人も多いはずだ。

         夜間に患者さんから電話をもらい 苦しいので何とかして欲しいと言われても 診療所は閉じてしまい 薬の持ち合わせもなく・・・なんと答えていいのかわからないことが 何度あったか?
         
         できる範囲だが 夜間の救急に対応したいというのは始めからの願いであった。ここに11時まで対応できるようになったことは とてもうれしい。


         簡単なようで 夜間の診療室を開くのは結構大変である。日本語が通じないといけないし 担当の医師は ちゃんと日本人対応に慣れていないといけないし 11時以降で家に帰ることができない場合はどうするのか?
        そこまで考えないといけないわけである。

         スタッフをずっと育ててきたのは まさにこのためでもあった。
        どうやらスタートできる。協力病院もあって 必要ならすぐに入院もできる
        体制を整えてある。

         よりましな状態で満足ではないが 診療所を立ち上げた意味が すこし
        大きく深くなったようで やっぱりうれしい。あとは この夜間診療室が
        十分認知されることを願っている。

         
        | - | 14:14 | comments(0) | - | - | ログピに投稿する |
        新型インフルエンザワクチンがジャカルタで出来る。
        0
           とうとうというか 散々いろいろ言われて 大騒ぎになった新型インフルエンザワクチンが インドネシアでも可能になった。

           すなわち 新型インフルエンザワクチンは 普通の季節性インフルエンザ
          ワクチンの中に入れられて すでに新型でなく 季節性インフルエンザになったということである。

           ずっと新型インフルエンザの動向をジャカルタで追ってきたのだが 幸いにも重症化する例はなく それゆえ 新型インフルエンザは恐れるに足りないと思った人も多かったかもしれない。

           しかし これは運が良かっただけかもしれない。すでにタミフルは十分にあったし 簡易診断キットも手に入り さらに邦人には十分な予備知識も
          あったことで 被害は軽微であったということだろう。

           日本は 欧米に比べ 死者の数も少なく それはやはり迅速な診断と
          抗ウイルス薬の投与によるところが大きかったと思われる。

           ここで注意が必要なのは 新型にかかった人が 抗ウイルス薬・・タミフルのことと思っていいが・・を投与された場合 早期の改善が見られるのは
          確かだが 新型インフルエンザの抗体獲得が出来ているかどうかは不明だと
          いうことだ。

           例として 昨年8月ジャカルタで 新型インフルエンザと思われる感染を経験した人でタミフルを内服していたのだが 本年5月末に 再びインフルエンザに感染したという例がある。

           すなわち 新型インフルエンザに感染をうけて改善しても タミフルを
          飲んだ場合は 免疫がないと考えられるわけで 再度感染を受けないためにも 新型インフルエンザワクチンを接種するほうが良いという推論が成り立つ。

           各位 ご検討されたい。
          | - | 02:52 | comments(0) | - | - | ログピに投稿する |
          わが青春の森田明生(精神科医)の逝去に寄せて。
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             同級生に森田明生という男がいた。田舎の国立大学であった。

             出会いは 大学キャンパス。医学生として勉強をしようと考えていた
            矢先 森田という男と出くわしてしまった。

             かれは肥満体で寝巻きにサンダルを履いており アイスキャンデーをなめながら キャンパスを歩いていたのであった。一目惚れというものは 異性に対してはあるのだが なぜか私は この森田なる男に一目惚れしてしまったのである。

             「ああ この男と お友達になりたい・・・」と確かに思った。
            断っておくが 私は異性に恋する趣味はまったくないのだが 運命的とも
            いえるオーラを この森田から感じたのである。そのオーラに感染して
            私も怠け者になってしまい 後年落第留年をする羽目になるのだが・・・。

             あこがれて 数年 上級生だったはずの森田は なぜか同級生となっていた。同じ教室で 学んだ・・・というのは無理があるが 一緒に遊んでいたのは確かである。一緒に学んだことは ほとんどない。そもそも 彼も
            私も 学校には行くが 生協の喫茶店で引っかかり 教室に行くという習慣は ついにできなかったからである。

             ある日 医学生理学の授業。ほとんど授業に出てこない森田が 朝一の
            授業に出てきたのだ。クラスの者は どうしたんだ?いったい・・・なにが
            森田に起こったのか?不思議でもあり 不気味でもあった。

             教授が 森田が一番前の机に座っているのを見つけ・・おお 森田
            朝一番の授業によく出てきたな!と声をかける。

             森田「はい 学生の本分は勉学であります」と答え・・・

             教授「うん さすが森田だ。今学期 初めて顔を見たが こころ構えが
            いいな・・・それに 今日は着流しか・・・?」

             森田「 はい 本日より こころを入れ替え 学問をするつもり
             であります」

             森田は 寝巻きで運動靴のまま授業に出てきたのである。

             そして・・・30分後。

             教室中に 森田のいびきが響き渡った・・・。森田はよだれを流して 熟睡していた。教室の一番前の机である。

             教授「おい 森田!! 起きろ! 心を入れ替えたんじゃないのか?」

             森田「 は・・・・はい」

                目を覚まして彼は言った。

                「す すみません・・・ちょ ちょっと油断しました!!」

               教室は怒涛の笑いに包まれ 教授も怒るのを忘れ 今日は森田が疲れているようだから これで終わり!!と言い・・一体これが医学部 の授業なのか?と部外者が見たら 医者不信になるかも知れぬほど いい加減で楽しい学生時代の始まりであった。

             その 森田明生が 信州で亡くなった。享年52。早すぎる逝去
             だった。

             出会いから どうしても書かなくてはいけないような気がしている。

             森田の鎮魂をこのブログで 少しずつ行なって行きたい。

             森田は・・・ぼくの青春だったからだ。
            | - | 20:09 | comments(9) | - | - | ログピに投稿する |