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タケノコ診療所ブログ

こちらはインドネシアにある、日系医療クリニックタケノコ診療所のブログです。
入院サービス開始。
 ははは・・・というか とうとう病院と提携して入院サービスができる
ことになった。

 診療所から 夜間診療 その続きが入院サービスである。
ご存知の方も多いと思うが 入院が必要なのになかなか部屋がみつからなかったり 主治医とのコミュニケーションが悪いために 入院したらますます
困ったり 不安が高まった・・・ということがあるのである。

 医療が文化でもあり インドネシアで当たり前のことが 日本人にとって
当たり前でないということが大きい。システムの違いも大きい。

 システム的に日本とインドネシアが大きく違うのは 日本では医師は
病院の常勤であり それゆえ医師は患者と病院の両方に責任を負っている。
一方 インドネシアの専門医の多くは 病院と契約関係を結んでいるだけの
パートタイムであることがほとんどである。

 患者は医師と診療契約を結ぶことになり 問題があっても病院に文句を
言ってもあまり相手にしてもらえない。

 ここが入院サービスの難しさの原因でもある。入院してからも 医師と
患者の間の関係がスムーズに進むようにしないといけないわけである。
これは 言葉の問題だけでなく 看護にも関わることである。

 患者にかかわるすべてのスタッフが情報を共有して対応するということで
入院させれば あとは知らない式ではいけないということだ。

 わがスタッフは 入院したあとも病院スタッフとの連絡を密にして
患者に必要なケアをし続けるということが大事なのだ。

 これができなかった。外国人の医者が 入院患者を訪ねて あれはどうなっている これはこうすべきだ・・・と言ったところで 暖簾に腕押し・・・どうにもならないシステムと文化の壁に阻まれて 困ったことが
何度あっただろう。

 しかし タケノコ式入院サービスも とうとう実現しつつある。

 無論完全ではない。しかし 病院スタッフにも 日本式の看護を示唆できることは大きな進歩だと思っている。CTも MRIを始めとする検査もすぐに
できる。

 必要な場合 ご利用いただきたい。
| takenoko | - | 22:05 | comments(0) | - |
タケノコ夜間救急室開設。
 夜の11時までの夜間救急室を6月21日から開くことになった。

 24時間ではないので 中途半端だが すこしでも医療不安を少なく
するには必要なことだと考えている。

 夜間の下痢 発熱 呼吸困難等々・・・寝られないで悶々として朝まで
我慢したという経験のある邦人も多いはずだ。

 夜間に患者さんから電話をもらい 苦しいので何とかして欲しいと言われても 診療所は閉じてしまい 薬の持ち合わせもなく・・・なんと答えていいのかわからないことが 何度あったか?
 
 できる範囲だが 夜間の救急に対応したいというのは始めからの願いであった。ここに11時まで対応できるようになったことは とてもうれしい。


 簡単なようで 夜間の診療室を開くのは結構大変である。日本語が通じないといけないし 担当の医師は ちゃんと日本人対応に慣れていないといけないし 11時以降で家に帰ることができない場合はどうするのか?
そこまで考えないといけないわけである。

 スタッフをずっと育ててきたのは まさにこのためでもあった。
どうやらスタートできる。協力病院もあって 必要ならすぐに入院もできる
体制を整えてある。

 よりましな状態で満足ではないが 診療所を立ち上げた意味が すこし
大きく深くなったようで やっぱりうれしい。あとは この夜間診療室が
十分認知されることを願っている。

 
| takenoko | - | 14:14 | comments(0) | - |
新型インフルエンザワクチンがジャカルタで出来る。
 とうとうというか 散々いろいろ言われて 大騒ぎになった新型インフルエンザワクチンが インドネシアでも可能になった。

 すなわち 新型インフルエンザワクチンは 普通の季節性インフルエンザ
ワクチンの中に入れられて すでに新型でなく 季節性インフルエンザになったということである。

 ずっと新型インフルエンザの動向をジャカルタで追ってきたのだが 幸いにも重症化する例はなく それゆえ 新型インフルエンザは恐れるに足りないと思った人も多かったかもしれない。

 しかし これは運が良かっただけかもしれない。すでにタミフルは十分にあったし 簡易診断キットも手に入り さらに邦人には十分な予備知識も
あったことで 被害は軽微であったということだろう。

 日本は 欧米に比べ 死者の数も少なく それはやはり迅速な診断と
抗ウイルス薬の投与によるところが大きかったと思われる。

 ここで注意が必要なのは 新型にかかった人が 抗ウイルス薬・・タミフルのことと思っていいが・・を投与された場合 早期の改善が見られるのは
確かだが 新型インフルエンザの抗体獲得が出来ているかどうかは不明だと
いうことだ。

 例として 昨年8月ジャカルタで 新型インフルエンザと思われる感染を経験した人でタミフルを内服していたのだが 本年5月末に 再びインフルエンザに感染したという例がある。

 すなわち 新型インフルエンザに感染をうけて改善しても タミフルを
飲んだ場合は 免疫がないと考えられるわけで 再度感染を受けないためにも 新型インフルエンザワクチンを接種するほうが良いという推論が成り立つ。

 各位 ご検討されたい。
| takenoko | - | 02:52 | comments(0) | - |
わが青春の森田明生(精神科医)の逝去に寄せて。
 同級生に森田明生という男がいた。田舎の国立大学であった。

 出会いは 大学キャンパス。医学生として勉強をしようと考えていた
矢先 森田という男と出くわしてしまった。

 かれは肥満体で寝巻きにサンダルを履いており アイスキャンデーをなめながら キャンパスを歩いていたのであった。一目惚れというものは 異性に対してはあるのだが なぜか私は この森田なる男に一目惚れしてしまったのである。

 「ああ この男と お友達になりたい・・・」と確かに思った。
断っておくが 私は異性に恋する趣味はまったくないのだが 運命的とも
いえるオーラを この森田から感じたのである。そのオーラに感染して
私も怠け者になってしまい 後年落第留年をする羽目になるのだが・・・。

 あこがれて 数年 上級生だったはずの森田は なぜか同級生となっていた。同じ教室で 学んだ・・・というのは無理があるが 一緒に遊んでいたのは確かである。一緒に学んだことは ほとんどない。そもそも 彼も
私も 学校には行くが 生協の喫茶店で引っかかり 教室に行くという習慣は ついにできなかったからである。

 ある日 医学生理学の授業。ほとんど授業に出てこない森田が 朝一の
授業に出てきたのだ。クラスの者は どうしたんだ?いったい・・・なにが
森田に起こったのか?不思議でもあり 不気味でもあった。

 教授が 森田が一番前の机に座っているのを見つけ・・おお 森田
朝一番の授業によく出てきたな!と声をかける。

 森田「はい 学生の本分は勉学であります」と答え・・・

 教授「うん さすが森田だ。今学期 初めて顔を見たが こころ構えが
いいな・・・それに 今日は着流しか・・・?」

 森田「 はい 本日より こころを入れ替え 学問をするつもり
 であります」

 森田は 寝巻きで運動靴のまま授業に出てきたのである。

 そして・・・30分後。

 教室中に 森田のいびきが響き渡った・・・。森田はよだれを流して 熟睡していた。教室の一番前の机である。

 教授「おい 森田!! 起きろ! 心を入れ替えたんじゃないのか?」

 森田「 は・・・・はい」

    目を覚まして彼は言った。

    「す すみません・・・ちょ ちょっと油断しました!!」

   教室は怒涛の笑いに包まれ 教授も怒るのを忘れ 今日は森田が疲れているようだから これで終わり!!と言い・・一体これが医学部 の授業なのか?と部外者が見たら 医者不信になるかも知れぬほど いい加減で楽しい学生時代の始まりであった。

 その 森田明生が 信州で亡くなった。享年52。早すぎる逝去
 だった。

 出会いから どうしても書かなくてはいけないような気がしている。

 森田の鎮魂をこのブログで 少しずつ行なって行きたい。

 森田は・・・ぼくの青春だったからだ。
| takenoko | - | 20:09 | comments(7) | - |
無縁社会というもの。
 最近話題は 無縁社会である。新型インフルエンザは もはや誰も見向きしくなり 大量の未使用ワクチンを買った厚生省が悩んでいるといううわさは本当であろう。

 さて 無縁社会。NHKの特別番組で放映されてから 話題騒然。
すなわち 血縁 地縁 職縁に薄い人たちがどんどん増えて 看取られる
こともなく孤独死をしているひとが 自殺者と同程度の年間3万人以上いる
という現実である。

 日本は経済でNO1になったが それも斜陽となり 不景気は続き おまけに人と人の縁が薄くなり 一人ぼっちという人が増えているということである。

 そういえば・・わが身を振り返って考えると 家族に十分尊敬されているといいがたく 子供は馬鹿でないにせよゲームに夢中だし 借金はあるし・・ああ 無縁社会メンバーに堂々えらばれるのは 私かもしれない・・と思ったわけである。

 わが身のことはさておき 人は人とのつながりを失うととても弱いものだ
という事実がある。経済発展のために日本が犠牲にしてきたものが 再び
問題化してきたと考えることもできるのかもしれない。

 人と人が 緊密に結びついていた家族制度や地域の絆が 全部いいものだとはいえず その時代には世間体なるものが行動の指針として大きく 個人の自由やプライバシーは置き去りになれたといっても過言ではない。

 したがって 個人の自由やプライバシーを一番優先した結果の孤独なのだから それをいまさら人と人のつながりを・・・というのは 虫が良すぎる
という意見があるのも当然であろう。

 少子化 核家族化 雇用形態の多様化 地域との結びつきの希薄化。
批判でなく こういう現実から考えていくしかないのだろう。

 大上段に振りかぶって 無縁社会をどうするか?というのはどうも無理があるので ここでもう一度 わが身に返る。

 私が医者になったことの深い動機のひとつは 人と接する仕事がいいと思ったからで それをするなら大都会より田舎のほうがよく 田舎のついでにインドネシアに来てしまったわけだが 人と接するという意味なら 私はとても幸せである。私は 多くの人のかかりつけ医として 会社の愚痴まで聞いているし 藪だ タケノコだと言われつつ それなりに頼りにされているのも感じている。

 そう・・・医療は私が思ったとおり 人と人が病を縁として出会う場所で
だというのは本当だ。昔 どこの町内にも 地域のお医者さんがいて さまざまな相談をすることができた。往診も すぐにしてくれた。昭和30年代
の事だ。

 その時代から 医は拡大 専門化の一途をたどり 巨大病院ができ システムが整備されたが それにしたがって 患者の権利意識もどんどん高まり
そして アメリカに匹敵するほど 医療過誤に対する訴訟も多くなり その結果 勤務医の仕事 ストレスはどんどん増えて 医療崩壊といわれるまでになった。

 医も無縁化しているということだろう。医者と患者というのは 病が縁なので 出会わないほうが幸せとも言えるが 医者の言うことを聞いたほうが
自分のためだということはもちろんあり そこは 何とかと医者は使いようということでもある。

 わが貧乏診療所は 診療所などという古風な名前なのだが これは実は
医療の原点が 人と人が出会う場所であり 病を治すための無駄を省いた
システムでない・・・という意味を込めている。

 先生・・また来ちゃったよ・・と嫌そうに言う人が多いが ここにはやっぱり縁があるのだと感じる。電子カルテなど まったくないが 風邪下痢程度の病気でも 精神誠意 ときにずうずうしく患者のプライバシーにも踏み込んで お節介もすることもある。これが地縁に基づく医・・それを地域医療と言うのだ!!

 ・・と 何の話だったか。そうそう無縁化に対して 医は多少なりとも
何かができると信じている。それが地域医療というものだと考えている。
| takenoko | - | 17:46 | comments(0) | - |
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