経済危機は現実のものとして 迫っている。
雇用が不安定になれば ひとのこころも不安定になる。生活できない・・
政府が 経済対策が・・・医療荒廃が・・・不安を不安を煽る。
そこまでは ふつうに理解できる。
・・・・そういう時代を考えていると父とその時代とつい比べている
自分に気がつく。
大正生まれの父は
卵を一年に一度しか食べられない時代に
学校は 尋常小学校しか行けず
いやおうなく 召集され戦場に行き
終戦のドサクサを餓死せず生き抜き
たった4坪の小さな店で40年同じ仕事を続けた父
父から愚痴を聞いたことはなく
なんでも息子の望みは叶えてやろうという親心
父よ あなたは強くやさしかった
そして 私たちの時代が始まったようだ。
戦争をしらない子どもたち・・という歌があったが それは
平和を愛するという意味をこめたメッセージで 戦前の価値観や生き方を
引きずる世代と違うのだ・・という宣言でもあったような気がする。
それからさらに幾星霜・・・・癒しの時代 やさしさの時代 自分らしさの時代となった。
それはいいこと悪いことを越えて 時代の流れでもあるのだろう。
が しかし・・・その 癒し そのやさしさ その自分らしさは この
経済危機のなかでも 確固として保つことが出来るほど強靭な力を持っているのか?
受難の時代と言っていいのかもしれない。しかし 前の世代が受難を乗り越えたからこその 癒しや 自分らしさの時代が 現実の危機と対峙したとき なにが起こるのか?
どんな時代になっても 癒しや自分らしさを堅持できるのか?
ノイローゼや鬱で休職している会社員が 職場復帰する傾向が出ているという。これは 現実が 病気を治すというより・・・現実に向き合うことで
ある種の心の病は 克服出来うるということでもあるかもしれない。
どんな時代に遭遇しようとも 自分らしく生きること ひとにやさしくできること・・・それにはどれほどの こころの強さ 柔軟さが必要とされるのだろう。
レイモンドチャンドラーの小説のなかの言葉・・・
男はタフでなければ生きていけない やさしくなければ生きていく
資格がない・・・・って 今言える男あるいは女 さらに日本人が どれだけいるのだろう?